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暴れたかどうかすら、覚えていない。いつ、腕を折られたのかも。
ただ、着物を剥がれ、押さえ込まれた肩裏で、肉の焼ける音を聞いた。
疼いて熱も出たのだろうが、すぐさま放り込まれた山の中で、まず、罪人達がいる山小屋に辿り着くのに必死だった。夜になれば狼が出た。血の臭いがすれば、真っ先に餌食になっただろう。
あのとき、もっと他に方法があっただろうかと、十左は今でも考える。
今ならきっと、力で勝るし、組み敷かれた小さな椿を奪い取る俊敏さもあっただろう。
そんな夢を何度も見た。地獄のような山の中で、彼を殺さず椿を助ける夢を何度も見た。
けれど、あの日の自分にはああするしかなく、そして、例え後悔しても、あのとき、あの刀を握り、彼を切り伏せた事実はもう変わらなかった。
綾倉家にゆくのがいい、と、十左は思う。
椿の幸せは、ここではなく、そこにある。
知らない生活が不安なだけだ。綾倉家に行けば、ここには船で来ることが出来る。だがそれもすぐに遠のくだろう。彼らが持ち込む全ては、新しく珍しく細やかで、この古めかしい灯台のことなど、すぐに忘れさせてしまうような、美しく目が眩むほど、きらびやかなものばかりだった。
或いは彼らは、椿を引き取れば、もう二度と返さないと言うかも知れない。それも当然のことだった。
「……それでもいいです、椿さま」
罪人になった山の中で、獣と重労働と病に脅かされながら、その苦しみが、ただひたすらに椿の幸せと引き替えなのだと思っていた。そう思えば、増水した濁流の中で材木を引いても、死人が出る石臼引きも、仕事が辛ければ辛いほど椿が幸せなような気がして、浮かれたような心地になった。
椿がこんな目に遭っているとは知らず。椿はあの屋敷の中で、千代の側で、相変わらず静かに庭を見ているのだろうと、これで彼を苦しめる全てはなくなったのだと信じ切って、家畜に劣る不衛生と過酷な労役をこなした。
椿がこの塔に閉じ込められ、以前より残酷な陵辱に身を埋めなければならない原因を、作ったのは自分こそであったのに、愚かにも、自分がその幸せを取り戻したのだと信じて疑わなかった。
けれど、こんどこそ、本当の幸せは訪れる。
傍にいられる自分の幸せは、本来与えられるべきではない。千代が、自分が椿の傍にいるのを許したのも、椿に本当の幸せが来る、そのときまでだ。
二度と椿と逢えないだろう。
椿がここに来る理由はなく、今度こそ椿を手中の珠のようにして育てるだろう彼らが、この危険な灯台に渡ることを、許すはずもない。
「お幸せに」
今度こそ、本当の幸せを。
そしていつか、一度だけでも。
自分が灯す灯台の光を見て、美しいと、思ってくれれば過ぎたる報いだと、風に髪を嬲らせながら、十左は苦く笑った。
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