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不機嫌になるだろうと思っていた。
あれから椿を上まで抱き上げ、ベッドに寝かせ着けて、嫌みを言うこともぐずることすらしないまま、放心したように横たわる彼の様子を申し訳なく見つめながら、額に絞った布を置き、気付けの茶を用意して、部屋を暗くしてから、十左は仕事場へ続く階段を上がった。
「…」
ゆっくりと、錘は巻き降りている。
波風もなく海は凪いで、巻き上げた縄は夜まで十分保つだろう。
十左は、微かに軋む音を立てて解けてゆく縄を眺めてから、灯台部屋に一つだけついたドアの鍵を開け、それを引き開けた。
外には、人一人がいられる程度の足場が着いている。突風に吹き飛ばされないよう高い手摺りが着き、そこから下に向かって、点検の為に、コの字状に打ち出た鉄の取っ手があり、塔の途中から入れる縄ばしごが掛けられるようになっていた。
「……」
手摺りの間から脚を空に投げ出して、空を見るのが十左の、隠れ家とも言えない小さな安らぎの場所だった。深い考え事をするときは、たいがいここに来る。
椿には危険すぎて、到底見せられないし、用事もない。鍵は自分が持っている。
「――――…」
格子戸のような鉄の手摺りに両手でつかまって、十左は大きく肩でため息をついた。
あんな顔をさせるために、自分はここに居るわけではない。
死ねばいいのか、と思った。
自分が居なくなれば、椿が幸せに綾倉へ行くというなら、迷わずそうする。けれど。
「…」
嬉しかったと言えば、浅ましいだろうか。
自分が欲しいと腹を立てた椿を抱き締め、海に身を投げてしまおうと思うほど、あの瞬間、堪らなくいとおしかったのだと。
とうに無いはずの命だ。死ぬのは少しも惜しくはない。けれど、椿が泣くだろうと思った。自分を呼ぶかもしれないとも思った。
綾倉の家に行かないと、今度こそ、あの頑なな椿は言い出すかも知れなかった。一人きりここに残ると、言い張りそうな椿でもあった。
綾倉夫妻が、椿を見つけてから、すぐに椿を連れて行くだろうと思っていた。椿も今度こその幸せを喜んで手に入れに迎えの船に乗るのだろうと思っていた。
けれど、自分のために椿は残るといい、そうなれば綾倉家が自分を改めるを免れない。
「……」
十左は、肩に刻まれた焼き印が、今更奇妙に焼け付く錯覚を覚えながら目を伏せた。
椿の父親を斬り殺した直後、隣の部屋から男が入ってきた。あとは、大声と、雪崩のような人間が押し寄せてきて、死体の転がる血の海の中に押さえ込まれた。
彼の父親の顔が、目を見開いたまま自分を見ていた。口を開いた驚きの表情だった。切り離された肉面から湧き水のような血は溢れ、畳の上に押さえ込まれて溺れ死にそうだった。
手にはすでに刀はなく、その先覚えているのは、黒い台所の土間だった。
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