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どうしてもというなら、十左への恋心を声を限りに叫んで、海に身を投げようと思っていた。なのに。
「……」
静かに、腰に腕を回されて、目を見張った。
来た頃は、たわしのようだった髪も、見苦しいと千代に切られ、洗われて本来の真っ直ぐな、黒い艶を取り戻していた。それを膝に乗せられて。
思わず辺りを見回した。
褥ならまだしも、本来ならば、主の膝に許しも無しに、頭を乗せるなど、あってはならないことだ。
十左は、首を討ち取られることすら覚悟したかの様子で、濃く黒い睫毛を伏せる。
「綾倉家の方から、言われました」
この間、綾倉家の執事に呼び出され、十左は下の洋風の応接で長く話し込んでいた。
「そして、俺宛の手紙にも」
亡き千代が十左に宛てた、自分を守るための方法が延々と記された、長い長い遺書のことだ。
「綾倉の家は、素性の知れぬ俺を、椿さまの傍に置いてくださらないだろうと。千代殿は」
十左を少なからず恨んでいただろう、千代は。
「千代殿は、綾倉伯爵に宛てた手紙に、俺を、高男様が気まぐれに拾い寄越した牢人崩れの下男だと、書いてくださいました。椿さまの父君の仇だとは、書かずに」
覚悟をして、黙っていた。千代が十左のことをどう書き残したか知れず、焦る自分に、斬り殺されても当然ですと、十左は困ったように笑っていた。
「椿さまがこのままこの塔にいらっしゃるなら」
その話をしていたのだと、十左は告白した。
「俺の素性を調べ」
「安心しろ、出ない」
千代がそう書いたなら、十左の身元など、出ない。
高男達が戻ってこない限り、そして、隠遁したはずのあの口の堅い諸大夫が漏らさない限り。
自分の父を斬り殺した庭番の少年は、その場で打首になって、山に捨てられたはずだ。
しかし、十左はそれすら素通りしたような昏い目で。
「――――身体を、改めるそうです」
思いも掛けない言葉に、椿は眉根を寄せた。
名目は、健康かどうか、とでも言うだろう。自分に仕えるに相応しい、力と骨が備わっているかどうか、故障はないか、と。
けれど、彼らが見たがっているのはそれではないことくらい、椿にもわかる。
罪人の身体には、特殊な傷がある。
馬車馬にも勝る過酷な労働で負った、数々の大怪我、刀傷などもそれに当たるだろうが、何よりも、山にいた罪人ならば、無数の鞭傷がある。当然十左にもあった。それならばまだ、姦淫の見せしめだとでも言い逃れが出来る。実際、下男と家人の姦淫の罰は、一方的に下男に対して鞭が百、叩き降ろされる。閨の冗談に間男のようだと、傷で光る十左の身体を笑ったこともある。
「綾倉家へ。椿さま」
囁かれて、とっさに首が振れなかった。
鞭傷はいい。間男だろうが(こんな男臭い)陰間だろうが、どうにでも言い繕ってみせる。けれど。
「……自業自得です」
諦めたように寂しく笑う十左の背中に。
頭を低くしたせいで、大きく抜けて見える襟から微かに垣間見える黒い傷跡。
左肩裏の焼き印。四角のなかに横三本の線は、敷島家で、大罪を犯した罪人の証だ。
他家ならまだしも、潰れて間もない敷島の家だ。
女中一人をつかまえて、この年頃になる男が犯した罪を辿ってゆけばすぐに、敷島前当主の殺害に行き当たるだろう。
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