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確かに綾倉の家に行けば、自分を家族として迎え入れてくれるだろう人たちがいる。腫れ物に触るようにして遠巻きに人々に取り囲まれ、それからすら隠れるようにして息を潜めて過ごすこともないだろう。
物はここより贅沢にあるのだろうし、欲しいものは全てがすぐさま手にはいるだろう。
片目が不自由でも、地位も、名誉も望めば下るかも知れなかった。
けれど、ここの生活に不満はない。
以前なら、千代だけでもと、差し出したかも知れないが、或いは、千代の身体ためにと言われれば、付き従ったかも知れないが、悲しいことに、今はその必要もなくなった。
初めて、自分を人間として見てくれる血縁がほんの少し恋しくはあっても、彼らはああして時々顔を見せてくれる。手紙が届く。大切な孫息子なのだと言って手を握ってくれる。それで、十分だ。
「十左」
十左の気持ちはわかる。
決して自分を邪険にしてのことではなく、遠慮でもなく。
ただ一念に自分の幸せを祈ってくれてのことだ。
自分が居なくなっても十左はこの生活を変えないだろう。
余計に豊富に送られるだろう資材を拒み、きちんと食事を切りつめて、使えるものを隅まで使って怠けることなく、嵐の夜を傷だらけの身体を汗まみれにして、海を眺めながら、灯りをひとときたりとも絶やさないだろう。
「私は、ここを出る気はないよ」
だから告げるのだ。
「私は、一生、おまえが傍にいるのがいい」
そんな十左の傍にいると。
この塔を十左が守るなら、ここに。
譲る気はないと、静かに十左を見る。
片手に小枝を拾った十左は、悲しい顔でこちらを見ていた。
それでも、説得に応じるつもりはなかった。
十左の言いたいことも、祖父達の言わんとせんことも理解できた。だからこそ言うのだ。
他人の言う幸せと、自分の思う幸せは違うのだと。
飢えを凌ぐために、身体を差し出す生活は終った。薬と暴力に怯え、老齢の千代を心配し、十左を欺く必要もない。
衣食は十分に与えられ、あの高窓から果てなく海は見えて、ここに何の不自由もない。
比べろと、皆は言う。不自由なくば、どちらが満たされるか考えよと。
ならば比べて喚いてやろうかとも思う。
綾倉には十左がいないと。
全てのものから一つを選べと言われたら迷わず選ぶだろう、十左がそこにはいないのだと。
驚くだろうと思った十左は、苦い顔をして、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
手首だけで、小さな山になった小枝の山に手にしたそれを投げ加え、ゆっくり目の前に膝をついた。
「説得には応じないよ、十左」
何が来ても突っぱねるつもりで、静かに高慢に、十左に宣告した。
泣き落としも、土下座も利かない。邪魔だと罵られても、ここから出ない。
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