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この塔に十左と二人きりになってから、ほんの時折、塔の下まで降りることがあった。
「足下、くれぐれも」
そう言って手を引きながら、下に降りる十左の背中を見ながら階段を降りてゆく。
階段は螺旋で急で狭く、斜め下に常に湾曲していて、階段の幅が急に解らなくなるような錯覚を覚えるのは、自分の片目が見えないせいだけではない。
片手で、内側の壁を辿り、片手を十左と握りあって、ゆっくりと階段を降りてゆく。
長い、階段だった。
千代は、自分の前に息を乱して、或いは額に汗して訪れたことはなかったけれど、膝の悪い千代のこの階段は辛かったのではないか、男手がなく、この階段を重い物を何度も持ち運んだから、膝が悪くなったのだと思うと、延々と続く薄闇の階段は、涙を流すに十分な時間を自分に過ごさせた。
階段を降りきると、釣り式の戸が床にあった。
これは大時化のときに、下からの浸水を止めるための蓋で、普段は跳ね開けられている。
それを通り、さらに下へ。
この周りの岩壁には、毎日潮に浸る証拠に短い藻が生え、きつい潮の匂いに充ち満ちていた。
海藻や藻で足を滑らすなと注意をされながら、そこも降りきると、閂のある開き戸がある。
「今日は、小潮で、凪です」
大潮の時は、一日何時間も地面は見えないのだと、十左は言いながら、閂を抜き、
「……」
眩しい外へと、厚い密閉された戸を開いた。
眼を細めながら、外へ出て。
所々藻の生えた地面とも言えないほど狭い岩場を歩き、その先で、
――――そっと手を合わせる。
自分たちの為に、ここから海に身を投げた、千代という名の女中の冥福を祈るためだ。
ともすると、ずっとそこに立って、眺めていそうになるのに、十左はいつもしばらくしてから、そっと手を引いた。
自分が塔を出るときは、塔の壁の壁際に細い椅子が用意されていて、そこから、十左の仕事を眺められるようになっている。
十左は、小さな島をぐるりと歩いて、流れ着いた焚き物になりそうな小枝を拾い、それで湯を沸かした。その間に、汚れ物は一度潮を汲み上げたもので洗い、衣服はそのまま、大きな水桶に貯めた真水を大切に使って、丁寧に洗った。残り水で汚れ物をすすいだ。
何一つにしても、工夫で一切の無駄の出ないやり方だ。千代に習ったというそれは、綾倉の船が着くようになって、望むほど恵まれるようになってからも十左は最早意地のようにして変えなかった。
その仕事を時折こうして眺める。
千代が居なくなるまでは、高男の命令もあり、あの階段を降りることなど決して許されることではなかったが、十左は自分の我が儘を、危険がないときに限り、十分すぎる用心の上で渋々許した。
十左の方から、穏やかで陽ざしも暖かいからと、誘われたのは珍しいことだった。
何事かと、思ったが、案の定。
「綾倉の家へ行く、お気持ちにはなれませんか」
少し遠くから、そんな風に十左は聞いてきた。
枕は届きそうにない距離で、そもそも枕はない。
「ならないよ」
無駄なことだと簡単に応えた。
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