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考えて、考えて、椿が欲しいと喚く身体も、一瞬たりとも離れたがらない心も殺して、椿のことだけを考えれば、椿は、このまま動けるほどに身体が治癒すれば、綾倉の家に引き取られるのが一番良いと、そう思う。
綾倉の家に飛び込んでも、すでに家督は彼の叔父に有り、そもそも椿は綾倉の家とはすでに切り離された、とうに嫁いだその末姫の子だ。突然現われたからと言って、家を波立たせる存在には成り得ない。
降って湧いたような椿に関する体裁も、未だ、幼い我が子を他家に預ける風習が華族の中には残っている。
しかも椿は片目を病んでいて、療養がてら、田舎の遠縁に預けていたとでも、幾らでも言い繕うことなど簡単だ。
こんな不気味な灯台で嵐に怯えるではなく、綾倉家で多くの女中に囲まれ、傅かれて何不自由なく暮らすのが当然だと、御前や夫人の重ねる説得の通り十左は思う。
十左も、望むほど手に入るようになった食料で椿に心づくしの食事を作るが、屋敷にいる台所役には到底敵わないし、精一杯手を尽くしても、ひしめく女中のようには椿の世話を細々としてはやれない。
望めば何でも与えられるが、それでも綾倉の家にいるには到底及ばない。この繻子然りだ。たまたま女中が無惨に裂けたそれに目をとめて、椿に相応しくないと言い出さなければ、まだ使用に耐える不必要品を椿は所望しなかっただろう。そこに、この裂け具合が好きなのだと機嫌の悪い、椿の奇妙な趣味が今回はたまたまあっただけなのかも知れないが、万事に於いて綾倉家に住まうに叶うはずがない。
本当に椿の幸せを考えるなら、椿は綾倉家に引き取られるがいい。出すまでもない、結論だ。
「……」
椿はその言葉を、ベッドの中で、静かに不機嫌に聞いた。そして。
「……十左は、私を追い出すのか」
ふてくされたそんな呟きを吐いた。
「どう考えれば、そうなるのです」
困って返すそんな言葉に、余計機嫌の悪い顔をして。
「この灯台は、私のものだ。いかないよ、どこにも」
お前がお祖父様のところに行きたいなら、そうすればいい。
裏切り者。と、そんな言葉を付け足すのを忘れずに、椿は布団の中で背を向けた。
「椿さま」
人の揚げ足を取るのが大好きな椿だ。けれど。
これだけは、今、決めておかなければ、ずるずるとこのまま、いずれ綾倉の家もそれに慣れて、椿を引き取る機会を失うかも知れない。
十左はベッドの横に膝をついて、寝返りの動きのまま、さらさらと頭を撫でるように流れる色の薄い後ろ髪を見つめながら言った。
「灯台は、俺が守ります。椿さまは毎日でも通ってらっしゃればいい。ここは椿さまの灯台です」
「だから私はここに住む」
「不自由をお掛けしないと、お約束が出来ません」
「私は不自由などしていない。お祖父様が仰ったのか」
「そうではありません。けれど、俺は敷島のお屋敷を知っています」
「ここと変わらぬ。ここより不自由だった」
下がれ、気分が悪い。
こう言い出したときの、椿の機嫌は最悪だ。けれど、それを恐れれば椿はここを決して動かない。
「あのころは、椿さまは、御目が不自由に見せかけなばならず、お屋敷の方々も厳しく、千代殿も椿さまを御守りするに必死でした」
椿に与えられたのは屋敷の、立ち並ぶ倉に近い奥の離れの一室で、存在を知られてはならない彼は、そこで声を殺し、気配を殺し、そして側仕えにすら、けっして片目が見えることを悟られないように、千代に厳しく守られ暮らしていた。襖が立てられなければ几帳が、冬は御簾が降ろされて、同じ数歩の世界でも、自由にバルコニーに出て海が眺められるだけ、今の方が自由なのだと、椿は言う。
「もう、何も隠す必要はないのです」
「私は隠れてなどいない」
「いいえ。お生まれになったことも、御目のことも、お姿も」
千代の刷り込みは見事だった。
気配を隠し、目が見えない振りをし、人から姿を隠す。それが己が身を守る術だと、何の理不尽も抱かせないまま、椿に苦痛を与えないまま椿を閉じ込めたのだ。
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